いいひとよりも、いいきもち

ある人の態度を見て、「あ、嫌われてるのかな…」と感じること、ありますよね。

どれだけ気を使っても、どれだけ頑張っても、うまくいかないことだって多い。

そんなとき、頭の中は
「なんかイライラする」
「負けた気がして悔しい」
「他人を責めちゃだめだよな」
「私が悪いなら、あやまりたい」

…という言い訳でごちゃごちゃになりがちで、「じゃあどうすればいいのか」と選択に迷います。

でも、冷静なときには、自分と他人は違って当然だと、すんなり受け入れられますよね。
その差は、ただ「感情が戻ってきちゃうかどうか」だけのようです。


他者との「差」が、自分らしさの扉だと言われています。

だから、「なんかしっくりこない」「違和感」「コントロールしたい」――そんな感覚はあっていいんです。
差異の隙間から、あなたの独自性は自然に見えてきます。

私たちは他者と心から共感するよりも、腑に落ちない気持ちのほうが意識に残りやすいものです。
整理できていない感情や、まだ片付いていないモヤモヤは、無意識のうちに繰り返してしまうからです。

ポイントは、相手の反応ではなく、「なぜ自分はいつもむかむかしたり、びくびくしたりするのか」を、じっと見て、感じてみること。(考えるのではなく、感じる。)

もし本当に自分の意識を高次元に上げるなら、まずは自分の感じる自由を大切に。
その上で、他者の感じる自由も認めてあげる。

「私が感じる自由を守ってあげる」と先に決意すると、心が少しラクになります。


そのとき大切なのは、境界をはっきりさせること。つまり順番が重要です。

  1. まず、自分の感性を守る
  2. その後に、他者の感性や違いを尊重する

この順番を意識すれば、自由を失わずに他者を受け入れられます。
他者を無条件に許すこととは違うので、混同しないでくださいね。

自分らしく素直に行動し、表現もできるようになってくると、
誰にどう思われても、どう扱われても、「それもいい」と受け取れる心の器が少しずつ広がります。(宇宙はギリギリを試してくることもよくありますが…笑)

このような意識状態を、多くの方のメンターである津留晃一さんは「今日は無礼講じゃ! 地球の皆のもの勝手にするが良い」と、『害をもたらすもの』というコラム内で書いておられました。(思わず笑っちゃいますよね!)

私は、まず自分の感性を尊重して、その上で他者の反応も受け入れます。
その順番は、「どう選択するか」ではなく「どうあるか」の違いです。
先にイエス(肯定)の姿勢をとることで、他者の態度が、あなたが本当はどうありたいかを教えてくれるものに、見えてきます。


哲学的に言えば、この『私がこの事象を許した』というキャパシティは、

“贈与”と呼べるのかもしれません。

私の内側に生まれた余剰を、見返りなく世界へ手渡しているのだから。

他者や状況との違い(差異)は、未来や豊かさの象徴です。
ポジティブもネガティブも、すべてあなたの一部。
その多面的で多層的なさまは、あなたが無限である証です。

記憶は、統合のために何度も意識に戻ってきます。
だから思考は「いいひとでいるためにどう選択するか」ではなく、「健やかで心地よい状態のため」に使ってください。

あなたはいつでも、どこでも、どんな相手の前でも、「いいきもち」を選べます。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

関連記事

【易しい哲学 】「自分って何?」を考える 〜“自分像”と“時分像”という見方〜 – Twinray record

✨🎁 願望は、他者の顔をしてやってくる – Twinray record

御覧くださり本当にありがとうございます!(人•ᴗ•)✨感谢

ソウルメイト・ツインソウルランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

Twinray recordをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む