ある娼婦の夢だろう(ロゴスの回収)

——夢のなかで、誰かが見えた。

彼女の懐かしい声が私のこめかみが震わせ、生々しいセリフが届いてくる。

それが過去世なのか、先祖の記憶なのか、共感か空想かの判別はできないから、なんとも言えないのだけれど。

ただ、機能としては浄化のための感情の追体験として、断片的に顕在化しているのだとは分かる。

語り直せる人の元に、記憶はやってくるらしい。

なら記憶を引き受けた責任を持とうじゃないか。


とにかくお金が欲しかった。でも残念ながら私はバカだった。

人並みにできることといえば、ソレくらい。

だからサバイバルの手段として、十代から吉原に身を置いた。

そこでは男性と出会うより、たくさんの女性に出会った事が宝になった。

いつも笑顔のバイト感覚の学生。

年齢詐称してる訳あり少女。

本業の傍らにフラッと来る太客抱えたベテラン姉さんは、なんだか余裕があって憧れた。

定期的に出稼ぎに来る子は、時々青あざを作ってた。

妹がめんこうてめんこうてと、優しい顔したのを覚えてる。

オーナーやボーイとカジノに向かう、背中に観音様背負った姉さんは、ピースの香りが似合ってた。

車と結婚の資金を貯めてる子もいたし、

ある分野で高名な父が長年不倫をしていて、傷つくばかりの母を見限って飛び出して来たというお嬢さんもいた。

「心底惚れた男性がいて、フラれたら吉原に来ようと決めてたんです。」…そんな真面目な子もいた。

女性ってほんとしたたかでタフだな〜…と感心する一方、

どうしてこんなに愛らしくて綺麗な女性達が、豊かでキラキラの人生じゃないんだろう?って時々悲しかった。


お金は表層の理由だった。

身体がぴったり合う人がいたら、もしかしたらこの不満は満たされるかもしれない——

そんなインスピレーションはずっとあったから、全く興味がなかったわけではない。

けれど、どんなに素敵な異性と重なっても、私の“届いてほしいところ”には届かなかった。

合うと思ってもいっときで、だんだんズレが明確になってく。

だからと言って無理やり相手に合わせれば、互いに力み、傷つき、傷つけてしまう。

違うと感じるのも、違ったと思わせるのも罪だな。

この人はどこまで感じてるのだろう…こんなの考えてるの私だけなのかなと、

いつも相手の瞳をのぞきこんで、最後は悟られないように目を伏せた。


「私にぴったりの何か」はないだろうか。

別に異性じゃなくてもいいんだ。やりがいある仕事でも、友人でも、ペットでも習いごとでも物でもいい。

これだ!というものが欲しい。

何を探しているのかもわからないまま、自然しかない田舎道をただぼんやりと歩いては引き返し、

ネオン街を徘徊しては吐いた。

行き止まりばかりの世界に何度も絶望して、それを色んな刺激で麻痺させた。


もう一歩奥の記憶がある。

私は一人の男性がこの世に生まれた瞬間を知った。

星がまたたく白と、ピンクとライラックが混じったモヤの向こうに現れた大人の男性は、父のような偉大な光。

まるで天国のような極上の夢…。

しかし直後から私は長く怯える事になった。

あの光に晒されたら、私はもう耐えられない。

なぜだろう。物心ついた頃から、重苦しい罪悪感や恥をたっぷり抱えていたみたい。

——こんなバカで罪深い穢れた自分だなんて、知られたら終わりだ。


「また見られてる…。私の事が全部バレてる!」

えんぴつを持つ手がガタガタと震えて、白いノートを見つめる視線が黒く塗られていく。

恐怖でパニックに陥りそうで、怖くて仕方がなかった。

母に泣きながら相談しても「大丈夫。誰もあなたの心の中なんてわからないよ。」

と、真に受けてないようだった。

空は色あせ、音は遠のき、友達の笑顔が欺瞞に満ちて見える。

…それでも目をそらせない。

私は苦しい数週間の末に解決策を思いついた。

「そっか!あの光から逃げればいいんだ!」


まだ出会ってもいないのに、光の気配を感じるたび、冷や汗が滲み出て、思考が固まった。

決定的だったのはあの日。ある店で顔出しで看板やってた頃。

「〇〇さん、さっき男の子が来たけど知ってる?」

「え?心当たりないけど…男の子ってどれくらいの?」

「んー……子供。〇〇さんを指名したいって。

帰ってもらったけど、知ってる子かと思っただけ……」

言葉足らずの若いボーイは、それだけ伝えてふすまの奥に引っ込んだ。

時が止まって、目の前が真っ暗になって、またあの恐怖が迫って来る。

『…やばい、見つかる。今すぐここを離れなきゃ。』

もちろん無意識だったから、何から逃げてるのかわかってない。

だけどちゃんと逆方向に進んだ。

できる限り、物理的に距離を取った。

あれ?私は探してたんだっけ?逃げてたんだっけ…。


——さあここまで堕ちたら、もう私だとバレないだろう。

誰も、私が“私”だと気づいてない。
声も、匂いも、形も、全部静かに遠ざかっていく。

けれど、その静けさのいちばん奥で、誰かが小さく呼吸している。

「何かを忘れている気がする・・・」

でも、その声はか細かった。

そんなことよりも、このバレる事ない安全な暗闇で無難にやり過ごそう。やっと人並みになれたのだから。

久しぶりにあの光が強く脳裏によぎり、キラキラと瞬くエネルギーが私を高揚させ、

その奥に彼の姿が再び浮かび上がった。

「あれ??そういえばこの男の子、誰だっけ?」

私は、彼が誰なのかを、人生ではじめて問いかけた。


その日から現実は音を立てて崩壊した。

嵐に巻き込まれるようだった。

しかし痛みを受け入れるたびに、

現実の輪郭が少しずつやわらかくなり、穏やかなぬくもりが感じられ、

身体もゆるんでいくのがわかった。

なんらかが「このまま私を連れていく」と、繰り返してる。

その声を聞くたびに、少し、また少しと肩の力が抜けていく。

…なら、導かれていると解釈してみようかなぁ。

だって疲れたもん…。

もう好きなようにしてくれればいい。私のことは、好きに使って。

 

 

 

流れ着いた先に、彼はいた。

そっか、大きくなったね。

私を光のもとへ連れ戻せるくらいに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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