投影と物語のあとで

普通のおばちゃんと普通のおっちゃんが見合っただけなのに

毎朝見てる窓からの景色が、キラキラと瞬くように光って見えて、

いつも通りの鳥の囀りが、すぐ耳元で聞こえるほど冴えわたってたから、

「あ、もう全てが変わるな」って、

そう確信した。

だから感じた事や気づいた事を日記につけ続け、

来る日も来る日も何年も、何か書いてた。

だって、全てが”意味”に見えてたから。

中にはとんでもなく幼稚なことも書いたし、

恥ずか死しそうなポエムも書いたし、

「穢」って漢字一文字を、

見開きのノートに真っ黒になるまで書き殴ったりもした。

見返す気にはなれないけど、 結果、多少なりとも書いててよかったと思う。

なぜなら、忘れていくから。

   

過去を忘れていく

投影が生んだのが意味で、

物語が必要としたのが時間なら、

それらを走り切ったあとはどうなるだろう?

私の過去が、私のこだわりが、 あんなに握りしめてたものが、

気づけばもう手元にない。

箇条書きにしたらキリがないシンクロ体験。

過去の苦しみがフラッシュバックして、その度にわんわん泣いて、 泣き疲れて眠った日々。

「わかった!すごい!」と感激した、たくさんの知恵。

私、どんどん変化してるっていう手応え。

    

それを彼に伝えたい?

彼のあの瞳を見て、

これまでのこと全部、伝えるんだぁ😊

この人生でよかった。 私は私がすき!

そうなれたのは、君がいたからだよって、

私がここまで明るくなれたのは、 君が存在してくれてたからだよって。

そんなふうに大事にしていた思慕の想い。

気づきの記録。相手への感謝。

どうしても伝えたかった言葉たち。

それももう思い出せない。

   

常に疑って

私は彼を詩的装置にしていなかったか。

あるいは、自分が変わるための意味にしていなかったか。

慎重に慎重に考えてきた。

でも語った瞬間、やっぱり装置になってしまうし、

相手に向ければ「そうじゃない」ってそっぽを向かれちゃうんだ。

じゃあ、私に意味が必要なくなったら?

目覚めた私になるの?選ばれた私になるの?

特別な使命をもった私になるの?

    

...なんてことはない。

そこには、ただのその辺にいる普通のおばちゃんが残った。

これが執着のない軽さなのか。

それともつまらない人間になったのかな。

まあ、どっちでもいっか。

     

ちょっと、聞いてないよ

ツインレイストーリーって美化されすぎじゃない?

なんかわかんないけど銀河連合、宇宙対戦、アセンションに、ライトワークにツインレイ、

そんな大風呂敷を広げまくったあげく、

巡り巡って元居た位置に戻ってくるなら、壮絶なコントじゃんねぇ🤣

とはいえ、

最初から種明かしをしたら、英雄物語は始まらなかっただろう。

旅に出ないと戻れない。

だから、意味がダメってわけじゃなくて、

「意味に根拠を支えてもらう必要がなくなった」

という方が、より正確かもしれない。

癒しのストーリーやアセンションドラマは消えたのではなく、私の中で道具になった。

例えばレイでもフレイムでもソウルでも、
次元がいくつでも、

分類がなんでも、次は何ゲートでも、
この部屋にある物たちとおなじ。

     

この世の全ては

過去の意味を噛み締め、

自分がそれらに救われなくても良くなったあとこそ、
人は何かを生んできたよね。
鉱物も、あのきらめく星も、雨も、食品も、薬も、数式も、このスマホも、
たぶん…外在化された思考装置。

認識が意味を負う必要がなくなった地点で、

世界の側に、痕跡として固体化し現れる。

この目の前の物は、意味を卒業した時間たち。

私はあらゆる物に接待されて、

のんびりスマホいじってコーヒー飲んで、クリスマスケーキ食べてる。

そんな午後のひととき。

   

さてひとつの物語が終わったところで、

宇宙人と面会する訳でも、

すごい特殊能力のある人になるわけでも、

高みの見物するわけでもないようだ。

どんなに高次の意味があっても、

最終的に物としてしか存在しないのが地球のルール。

あなたの隣を横切ったトラック乗ったおっちゃんも、

スーパーで卵を選んでいるおばちゃんも、

ツインレイかもしれないし、

すごい使命をしているライトワーカーかもしれないし、

アセンションした人かもしれない。

――もしくは普通の人かもしれない。でも、

本当の事はわからないよ。

    

他者は、私の理解の範疇に回収されない。

私も、他者の理解の中には収まりきらない。

走り切ったあとに残る関係は、確認も証明も特に要求してこなくて、

誰のものでもないままに、明日も現実は起こってくるんだ。

これが自由かぁ…😌

   

  

 

 

 

西田幾多郎の言葉

真の純粋経験は何らの意味もない、事実其儘の現在意識

   

   

   

     

      

     

  

   

  

   

  

   

 

  

   

  

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